小倉城

<城名> 小倉城
<所在地> 埼玉県比企郡ときがわ町大字田黒字小倉(06/02/01玉川村廃止)
<主な城主> 遠山右衛門太夫光景
<遺構> 土塁、空堀、櫓台、石塁(県指定史跡)
<交通> 東武東上線「武蔵嵐山」駅下車から徒歩60分。
<紙面掲載日>

<歴史> 遠山氏は後北条氏家臣で、後北条氏が武蔵侵攻のとき江戸城城代を務めた。光景は小倉城を任されたという。城の付近には遠山氏の家臣の子孫がいまでも住んでいる。延命山大福寺には光春の夫人の位牌が残されている。

<史跡歩記> バスが近くを走っていないので、自家用車必須のところです。菅谷館から小川町に向かい、小川村の標識を登っていくと、右側に小さな寺・延命山大福寺があります。車はここに置くことができます。寺の脇の登山道を5分ほど登れば石塁が見えてきます。ところどころ崩壊防止ため土嚢で補強しています。関東では貴重な石塁が各所にみられ、贅沢な気分になります(笑)。この登山道は途中から竪堀を進むことになるので、軍手は必須です(私は栗に手をついて怪我をしました)。帰りも転げ落ちる「花園城」パターンです。

登りきると本曲輪(二曲輪と説明している本もある)で、土塁が囲んでいます。なかなか高く、しっかりとしています。中心に石碑が2つあります。西には二曲輪にある「一級基準点」の標柱があるところは櫓台です。櫓台下には折のついたS字の土塁があり、なかなか優れた防備と感心させられます。

大手道の石塁 大手道の石塁 本曲輪の土塁 二曲輪の櫓台

二曲輪下の折のついた土塁 大福寺と小倉城 堀切

05/01/29 の現況です。発掘調査が行われています。本曲輪(石碑一段下)には岩盤を繰り抜いた穴があります。また土塁には階段状の石積がみられます。鉢形城秩父曲輪のような技術が小倉城にもあったのかもしれません。

 階段状の石積み 

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